9/24に『狼をさがして』上映会を私たちで企画した。台風の影響で、話を伺う予定だった支援連の平野さんの到着に遅延が発生するなどトラブルもおきたが、映画や平野さんのお話、それをめぐる討論などが活発に行われた。秋中に発行予定の『レーテ』vol.3において詳細報告記事を掲載予定である。さしあたり、参加者の感想を以下掲載する。
☆「狼を探して」上映会とその後の討論会の感想について(k)
私は今回,「狼を探して」という映画の上映会に参加した.この映画は,過去,東アジアに対して新植民地主義的経済侵略を行う日帝企業を連続で爆破していった東アジア反日武装戦線について描いた映画である.この映画を上映した後の討論会では,なぜ,彼らは,連続で企業を爆破するという,人民の命すらも軽視するような計画を実行してしまったのか?ということが討論になった.その討論の中で,そのような爆破事件があった1970年代は,高度経済成長により,日本社会全体が豊かになっていっているため,彼らは,そのような中で労働者人民を組織化し,プロレタリア革命を起こしていくというようなレーニン主義的な革命論に諦めを感じ,焦ったために,そのような計画を実行してしまったのではないかという意見が出た.確かに,その理屈は一理あると思ったが,その理屈に則ると,新自由主義により,社会全体が貧困化している日本の現状は,レーニン主義的な革命が起こしやすい状況であるということになる.しかし,現状,そうなっていない.それどころか,現在の日本は,そのような貧困に対する不満の声を自国の資本家ではなく,他国の人民に向けさせるような策動を右派だけでなく,リベラルもまでもが行い,そのような策動を多くの日本人民が支持して,明らかに日本社会全体は右傾化している.そのような状況の中で,時代背景は違うものの,日本人民に対する諦めを感じているという点では,私と東アジア反日武装戦線は共通しており,私自身,労働者の組織化という過程をすっ飛ばして,そのような計画を実行したくなる気持ちは痛いほどわかった.しかし,東アジア反日武装戦線のメンバーの1人である大道寺将司さんは,連続企業爆破の1つである三菱重工爆破事件について思想的な未熟さがあったと自己批判している.私は,そのような大道寺さんの自己批判を通して,日本人民に対する諦めがあったとしても,彼らと同じ轍を踏むべきではないと思ったし,今回の上映会と討論会は,そのような戒めを再確認するためのいい機会となった.